始めまして、このブログの管理人です。


始めまして、こんにちは (^-^)/

 

管理人の洸咲 和苗(コウサキ カナエ)と申します。
私のことはお気軽に「かなえさん」と呼んでくださると嬉しいです。

数あるブログの中からご訪問くださり、誠にありがとうございます。

 

私は日本の関東圏内に住んでいる、30代の日本人です。お蔭様で、出逢ってから今年11年目を迎える夫がいます。

 

私自身は、どこにでもいるごく普通の一般人です。この日本という国に根ざしている和の文化と、日本の神様が大好きです。

もし、ごく普通の一般人と違うところがあるとしましたら、普通の人よりもちょっと不思議な話しに理解がある、という点でしょうか。チャネリングを用いまして、ごく当たり前のように日常の一コマとして見えない世界とお話しをさせて頂いております。

 

特にご縁を頂いている、伏見稲荷大社の宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)様、七福神の一人である弁財天様(神道では宗像三女神(ムナカタサンニョシン)さんの一人である、市寸島比売命(イチキシマヒメノミコト)さんの事です)、そして八大龍王様とのご縁で出逢えた白龍様が大好きです。

 

今日では珍しくなってしまったのかもしれませんが、 一昔ならばどこのご家庭にもごく自然にありました神棚を、我が家では今もお祀りしております。お祀りしているのは伊勢神宮の神札を始めとして、産土神様の神札、有難くもご縁を頂いた各崇敬神社の神札となり、毎日お世話に励み、感謝の気持ちを表しております。

 

このブログでは私の日々の生活や、私が考えていることや取り組んでいること、日常生活でのちょっと不思議なこと、神様のことなどを書き綴っていこうと思っています。

 

先程チャネリングと申し上げましたが、チャネリングとは、皆さんの想像する通り、目に見えないものに繋がることです。そう聞くと、なんだか、怪しくも特別な人だけが出来るようなイメージがありますよね。ですが、チャネリングは特別な能力ではありません。それどころか、誰もが元々素質を持っていますから、ひょっとしたら似たようなことを気付かない内にすでにしているかもしれません。

 

チャネリングとは、コツさえ掴んでしまえば誰でも身につけられる技術です。私はそのように確信しております。チャネリングの方法やコツも合わせて、私の体験談を通して少しずつ発信していこうと思っております。チャネリングを意識的に出来るようになると、毎日が楽しくなりますよ。楽しみにしていてくださいね。


そもそも、今この日本では、全ではなく個。「個人」という側面が重要視されていると思います。自分自身を大切にするという事にも繋がりますので、それ自体はもちろん悪いことでありません。

けれども、時にはその個の追求に拘る余りに、周囲との調和が崩れてしまい、自分自身を大切にしているはずなのに逆に周囲と切り離されてしまい、孤独感に苛まれる危うさを感じます。つまり、個が「孤」になってしまっているのですね。

 

全は個であり、個もまた全です。そのどちらか一つだけでは、成り立ちません。

 

元々日本人はこの島国で、和を重んじて助け合い栄えてきた民族です。
それは太古の昔より、人々が厳しい自然の中において生きていくための知恵でした。手に手を取り合い、この国で寄り添い合って生きてきたのが我々日本人です。

 

しかし、和ばかり重んじると個が潰されてしまうのではないかと、かといって、和を乱そうとするならばこの社会では生きてはいけないのではないかと、現代の日本では、和に対して敬遠しがちな空気が流れています。

 

ですが、本来の和というのは、どちらか一方があるいは両方が依存するというものではなく、それぞれがそれぞれの場所で自立し、お互いを尊重し合うというものだったのではないかと思うのです。困った時はお互い様精神で、必要な時あれば例え知らない人同士であっても、躊躇せずに団結し合うというものだと思います。まさにそれは、全は個、個は全を体得した姿なのではないでしょうか。

 

和とは「個」を殺し「個」を殺さなければ出来なかった、という事では決してないと、私個人は考えているのです。

 

今の時代は情報伝達の高速化が進み、そのスピードは凄まじいものです。まさにこの瞬間まで信じていたものが次の瞬間には信じられないものに変わってしまう、という事は珍しくなくなりました。それは、スピリチュアルの世界でも同じです。特に近年では変容のスピードが著しくなってきていると叫ばれることが多くなってきたようです。

 

そんな世界のスピードに振り落とされないように……しっかりと自分に軸を置く。だからこそ、今一度、私たちの心の中に「私とあなたはこの国に根ざした者、私はあなたであり、あなたは私である」という志が支えとして必要だと思うのです。


見える世界と見えない世界に触れながら、この考えに至ったのは、ごくごく最近の事であり、私自身もまだ朧気でうまく核心を掴めておりません。

 

そのため、文字では一概には表現しきれないこの想いを、少しずつ自分なりの言葉で形にするためにも、このブログを始めました。

 

なにぶん未熟者ゆえ、お見苦しい部分も多々あるかとは存じますが、皆々様には、長い目でお付き合い頂ければ幸いです。

何卒、よろしくお願いいたします。

 

 

2016年吉日吉時

2017年11月改訂